『夢千代日記』という物語は、山陰の小さな温泉町を舞台にした小説であります。これのドラマ化にあたり、物語に登場するモデル「湯の里温泉」となったのが湯村温泉です。 山に四方を囲まれて温泉情緒豊かなイメージ風景が「湯村温泉」の夢千代日記のイメージを引き立てることとなり話題を集め名作になりました。
ストーリーとしては胎内被爆し、白血病であと3年の命と余儀なく宣告された夢千代は、母が残した山陰の小さな温泉町の中にある置屋を女手ひとつで、そこを切り盛りする中で 彼女を取り巻く人間関係が多重に交差しあい、その様々な人間模様を描いた病床日記を通じて物語は進んでいきます。 新温泉町にてドラマの中で描かれる昭和20〜30年代の戦後間もない懐かしい風景を再現してあります。
そこのエントランスを抜けると中には懐かしい昭和の町並みが展開されていて、中央にあるテレビモニターにおきましては、「夢千代日記」にあるドラマのワンシーンも常時放映されていて、 まるで自分が夢千代日記の世界にいるかのように演出が施されています。 また、夢千代日記を通じた広島市との友好関係といったものから、吉永小百合さんが現在取り組まれている 平和維持の活動もそこでは紹介されています。
「温泉荘」と書きまして「ゆのしょう」と読みます。これは『和名抄』に温泉郷の郷名がみえ元はと言えば八太郷・射添郷に隣接していた国領でもあり但馬国二万郡にあった荘園のことで す。温泉郷と竹田寺木村の本領主はもと平季盛ではありましたが、時は保延5年に息子の季広が後継人となりました。彼は法橋聖顕にこの地を寄進しました。
そして寄進を受けた聖顕は、さらに京都の蓮華王院に寄進したしだいであります。その時に、聖顕は同院に鐘楼一宇を寄進をいたしましたので、その成功を称えこの地を蓮華王院領の荘園と して、国領から切りはなすことを許されたのであります。こうして荘号が立てられたことから「温泉荘」が成立いたしました。
ようするに本所蓮華王院や領家法橋聖顕といった、もとの本領主季広は下司職になるという支配系統になるわけです。ところが季広は、源義仲と組んで乱暴をはたらいてしまうことにより、 年貢などを押領したのであります。元暦元年の後白河院は院庁下文を用いて季広と息子の「季長」の乱暴を禁止とし、下司職を没収して追放としてしまいました。
思いにふけ春来川の風景を眺め、川のせせらぎを聞きながら、ゆっくりとくつろぐのも良いでしょうし、友人と楽しくおしゃべりしながら時間を過ごすのもいいですね。
昔の人では、そこで旅の疲れを落としたり、農作業終えた帰りなどに、あふれ出た温泉に足をつけて、高温の荒湯でゆでたあつあつのタマゴを食べながらおしゃべりしたそうです。
そんな昔ながらを生かして作られた情緒ある『足湯』は、なかなか都会に住んでいては体験出来ないものです。